昼食の時だった。
母が突然に口を開いた。
数日前、柿が未だ残っているから、早くもいでしまわないと熟して落ちてしまう
というので収果したことを指しているのだと気づいた。
「いや、ちゃんと仏様の分、旅人の分、小鳥たちの分と3つずつ残しておいたよ」
と応えた。すると家内が、
「小鳥が来て食べていましたよ。」
と口を添えてくれた。のぞいてみると1本の木は1つもなくなっていた。
そうそう、そう言えば昔教えた子の中でこんなお父さんがいたよ。
と、ひとしきり・・・
もうかれこれ17〜18年前のこと、「柿木の実は全部もがず、3つを残すのが昔からの礼、
食べ物の少ない時代にわずか3つでも貴重だったはず。それだけに昔の人達の心の使い方が偲ばれる」
と、いうような話を子供に聞かせた。
数日したら日記にこんなことを書いてきた。
「きのう柿をもいだ。お父さんに柿の実は3つ残してもぐんだって、先生が言っていたよと言ったら、お父さん くやしがって全部もいじゃった。」
子供の小さな胸にどんな思いが残ったのだろう。
「うん、そうだね。家のご先祖様にも残しておいてやろうね。」
とでも言ってくれたらどんなに心広い子供の笑顔も育ててくれるだろう。
現代の世相そのまま 何とも 何とも。

- 2007/12/16(日) 20:36:44|
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