お月様のあまりの美しさにみとれて一晩中過ごしてしまった。作者はお月様に感動したんでしょうね。国語で学んだ時の担任の解釈だった。当時はなるほどなるほどと感心してこの句を鑑賞した記憶がある。
ところが、現在はかなり異なって味わっている。
それは作者が仏教にも深く関心を寄せていたことに由来している。
開眼の句といわれる「古池やかわずとびこむ水の音」は、作者が仏教という大きな教えの中に帰依を志した句なのだ、と何かの本で読んでなるほどと納得してしまったのだ。古池は仏教の教え、蛙は作者、水の音の後に響く沈黙の音。この音を昔の人は聞くことが出来たからこそ俳聖芭蕉
が誕生したのではないかと思える。
こうして鑑賞すると名月は仏教の教え、池に映る月は作者、こう考えると月の美しさは見えず、風に波をたてゆらぐ月影、つまり作者の心は何らかの悩みの中でゆらぎ、一晩中過ごしてしまったとみるべきものではなかろうかと・・・・・・
沈黙が人間の根底に生きている時の言葉は美しく、悩みの世界をも浄化して私達を楽しませてくれるものなのだ。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
- 2007/11/03(土) 22:13:04|
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