あだし野の念仏寺に参った時
「子ども叱るな来た路じゃ。年寄り笑うな行く路じゃ」
という標語がかかっていた。なるほどねえ納得納得とにこにこしながら覚えて来たものである。
子ども叱るなという裏には自分が子どもであったことを忘れるな、があり、お年寄りを見たら何年かさきの自分がそこにいるのである。つまり他人のこととしてこの標語は見るのでなくすべてが“私”という一人称で考えてとらえなさいと石仏に語らせているのだ。
5才の子どもを叱っても これは私の5才の姿 15才の子に叱言を言っても これも私の15才の姿・・・。そう思えば叱り方も自ずとかわるはず。立場上見逃すわけにはいかないこともあるかも知れない。が、しかし、である。
この自覚があるかないかで叱言の言い方は違ってくることを近頃よく考えさせられる。
- 2007/06/30(土) 22:33:35|
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