中国、元の時代 北宋の詩人蘇軾が作文の心得として述べた言として「作文は行雲流水の如し」とある。
文章を作るには、空行く雲と、流れてとどまらぬ水のように初めから一定の形式や内容があるわけでなく、ただ常に心の行く所に従って作るのであるという。しかも、その後文に「当に行くべきところに行き止まる所に止まる」と言い、自然に一定の所に止まるべきことを言う。
孔子の「心の欲する所に従えども矩を踰えず」の境に通ずる。
禅宗では修行僧のことをこの行雲流水の雲と水をとって「雲水」と呼んでいる。居場所を決めず一箇所に止まることなくいろいろな師を求めて修行を重ねていくからである。
大空に浮かぶ雲止まることなく流れる水どこまでも自由で束縛させない文章のように、修行僧も又自由に本来の仏法を求めてやまない姿をあらわす、「雲水」という言葉は今日も生きている。
- 2007/06/30(土) 22:19:05|
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