日々是好日

円通寺住職が日々の生活の中での様々な思いを綴っています。

柿 残さなかったの?

 昼食の時だった。
母が突然に口を開いた。
数日前、柿が未だ残っているから、早くもいでしまわないと熟して落ちてしまう
というので収果したことを指しているのだと気づいた。

「いや、ちゃんと仏様の分、旅人の分、小鳥たちの分と3つずつ残しておいたよ」

と応えた。すると家内が、

「小鳥が来て食べていましたよ。」

と口を添えてくれた。のぞいてみると1本の木は1つもなくなっていた。
そうそう、そう言えば昔教えた子の中でこんなお父さんがいたよ。
と、ひとしきり・・・

もうかれこれ17〜18年前のこと、「柿木の実は全部もがず、3つを残すのが昔からの礼、
食べ物の少ない時代にわずか3つでも貴重だったはず。それだけに昔の人達の心の使い方が偲ばれる」
と、いうような話を子供に聞かせた。
数日したら日記にこんなことを書いてきた。

「きのう柿をもいだ。お父さんに柿の実は3つ残してもぐんだって、先生が言っていたよと言ったら、お父さん くやしがって全部もいじゃった。」

子供の小さな胸にどんな思いが残ったのだろう。
「うん、そうだね。家のご先祖様にも残しておいてやろうね。」
とでも言ってくれたらどんなに心広い子供の笑顔も育ててくれるだろう。

現代の世相そのまま 何とも 何とも。DSC01029.jpg


  1. 2007/12/16(日) 20:36:44|
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行乞

 12月1日 足柄仏教会で托鉢の呼びかけをした所、20名近い住職やお弟子さん達が集まってくれた。
 中でも一際目を引いたのは20歳前後のお嬢さん3めいをつれた方丈さんがいた。
修験者の装束をつけ、ほら貝を吹き鳴らす姿は托鉢の先導そのもの。

「こちらは足柄仏教会です。ただいま歳末助け合い托鉢に参っております。ご協力お願いいたします。」

ハンドマイクから呼びかけ「歳末助け合い足柄仏教会」ののぼりを持ち行乞の僧侶が道の左右を読経して歩く。
1時間半ばかりの托鉢であったが成果は102000円余 山北町の福祉に用いていただこうと
全額を寄進した。無償の行はさわやかで「ご苦労様でした」の一言をかけあってそれぞれの自坊に帰っていった。

  1. 2007/12/16(日) 20:04:22|
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