6月16日、3番目の孫娘が誕生した。大喜びの長男はいう。
「乳児室で最も不美人だった。でも一番可愛い。」数日たつと
「今度は一番の美だった」と笑う。
昔、TVのCMで紙おむつに青い色水を流し、吸水の良さを宣伝したものがあった。
これを見た母親の一人が乳児相談で訊ねた。
「うちの子の漿水は青くないのですが、どこか悪いのでしょうか。」真顔で訊ねる姿に相談医は
笑えなかったという。
日々真剣に向き合えば向き合う程こうした心配は母親一人の子育てでは考えられる光景である。
やがて和が孫の母親も鳴き声ひとつで我が子の要求を知ることになるだろう。
あっおしっこだ、ねむいんだ、お腹がすいた、調子がわるいよ・・・
理性ではなく生物的な動物的な人間の持つ母性本能的なもので感じ取って行動していくことになるのだろう。
例えば おしっこ、乳児は必ずおしっこの要求があると泣いて知らせる。泣いた時すぐにおしめをとってやるとまだ出ていない、何秒かすると外気にふれることが快感なのだろう、おしっこをふきあげることとなる。おしっこの要求の度にこのことを繰り返していると母親と認め信頼してくる。(紙おむつをのつけっぱなしはこの信頼は作れない。紙おむつを使用する時は泣いた時一度はずしてあげることが大事)その要求に対応していく時、子どもは黙って母親を母親として認め信じることになって親子の絆が出来ていくそうだ。
今は、只只孫娘の誕生を慶び母親になっていく嫁の姿に拍手を送るばかりである。
- 2008/07/01(火) 20:37:07|
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「堂南の土手に咲く山百合の花を見たら、お茶摘みを始めよ。」
古来からの年寄りの伝承言である。
この時期の茶葉の生長は1日とも言えない。香気、味、仕上り具合は、時期との勝負、
今ここしかない時を堂南の山百合は咲くことによって、地域の人々に教えてくれていた。
ところがどうした事か、今年は一本どころか一輪の花すら見せてくれないのである。
犯人は一目瞭然、山からの珍客、いのしし様であった。恐ろしい昨今の世、人間でなかったのが
せめてもの救いであった。
日本人は昔から自然を愛し、自然と共に生活してきた。
雲の動き、風のにおい、花の色、鳥の声、月の光、みんなみんな自然から感じとり、生活に役立て、楽しみ、人生をうたいあげて来た。
時には目に見えない霊のようなものまでも遊ばせ存在させることもはばからなかったし、存在する
ものとして認めていたようである。
ところが、時代が近代から現代に移行するに従って科学的思考のみが優先、というよりそれのみが正しいとされ、客観的データが全てとなって来た。
私達は、こうした時代に生きて何の疑いも持たず是としてこれを認め生活しているが、先人たちの
山百合を見つめる目と降水確率80%という確立を信じる目と・・・・・・
さてさて、どんな生活を私たちは求めてきたのだろう。
- 2008/06/14(土) 21:04:26|
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悪性腫瘍でこの世を去った井村和清さんが、無くなる20日前に遺した詩
「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」を読む
あたりまえ
こんなすばらしいことを みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声が出る
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだと笑ってすます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ
そして又朝がくる
空気を胸いっぱいにすえる、笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、みんな決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ
法要がすんで斎食の席でこの詩が話題になる。
「方丈さんのおっしゃるとおりだと思いました。失くして初めて歩けることのありがたさ
幸せをしみじみ思いました。」と施主の奥様。
私たちは、日常判断の基準を自分においている。自分の目を通したものこそ真実として疑うことを知らない。しかし、この真実も時として変わるものである。事故にあう、病に倒れる、年齢が進む、一寸したまわりの条件がかわるだけで、全く異なったものへと変わってしまうのである。
私たちは、食事の時に「いただきます」といって箸をとる。
宗祖道元禅師は、食事は使用人の作るものと考えていた。中国、寧波の港で下船許可を待っている時、一人の老僧に出会う。彼は夏安居が終わるというので修行僧に祝麺を食べさせようというので、日本のしいたけを求めにやってきた。まじめに問う禅師にこの老僧は中国の禅についてきっちりと
答えてくれた。
「どうやらあなたは、弁道の何たるか、文字の何たるかを知らないようだ」と。
修行僧道元はびっくり。何しろ食事を作るのは使用人の仕事と考えていたところへ老僧は修行最後の仕事として、わが命としてそれをつとめ上げようとする姿勢に「ハッ」とさせられたようである。
食事は単に体を養うための修行をたすける為のものととらえていたが、どうやらその向う側に仏道の何たるかがあるようだと気付いた瞬間だったと聞いた。
井村さんといい道元さんといい気付くきっかけの存在があったのである。しかもその存在は、水は高い所より低い所に向って流れるというあたりまえのことだったのである。
- 2008/05/31(土) 06:51:05|
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同じものを見たのに全く相反した応えがかえってくることがある。
嫁と姑の言い分となると如実だ。
対応で訪れる者を納得させた坊さんで有名なのは盤珪(ばんけい)さんだ。
姑さんが嫁の悪口を言いにやって来れば、
「姑も昔は嫁にて候」と、
よく考えてみれば、女が古くなって姑と書く。「ばあさんや、あんたも嫁の時代があったろう。
今の嫁さんの姿はあんたの昔の姿じゃあないのか、あんたの歩いてきた道じゃあないのか」と
「姑も昔は嫁にて候」は言っている。
嫁さんが翌日やってきて姑さんをこきおろす。曰く、「嫁が姑になるにて候」
あなたも間違いなく姑になる日が来るんじゃよ。あなたの明日の姿、行く道じゃよのう」といったという。
来た道、行く道、昨日の私、明日の私とうけとめて見れば一生の中の風景、自分の現在地のみでの判断は、自他を明確に離して見つめている相対の世界での生き方である。宗教の世界は第一人称単数の世界だと言った人が居たが、まさにその目で見つめたらどうだろう。
他人のどんな姿からも私のことと心を運んで行き学んでいく行き方が大切である。
- 2008/04/19(土) 18:52:20|
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ある禅師のところへ話を聞きに行った雲水、茶碗いっぱいにお茶が注がれているのに、更にお茶を注ごうとするのを見た雲水はとっさに「禅師様、お茶がこぼれます」と。
すると、禅師は承知した顔をして「その茶を飲みほせ」と一喝したと言う。
つまり、さっきからおまえさんの様子を見ていれば・・・との老婆心からの行為だったのだ。
飲みほさなければ新しいお茶が入らないように、お前さんの心の中にいつの間にかためこんできた古い自分見方、考え方が詰まっているからいくら話をしてもあふれ出して少しも入っていかない「心をからにして全身耳にして聞け」との一喝なのだ。
今、娘の子どもが入園式にさわやかな顔をして出かけていった。純粋無垢 心を躍らせての入園である。
園長先生、担任の先生の話、年長さんの新入生を迎える出し物、一つ一つが新鮮で吸い取り紙のように受け入れてくることであろう。この雲水の様にお茶を楽しむことを忘れることなく、今日入園式を迎える喜びを大切に幼稚園生活を楽しんでもらいたい。
テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記
- 2008/04/13(日) 10:17:32|
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